伝習会 第58回
伝習会
〈 第五十八回 〉
【桃李もの言わざれども、下自ら蹊を成す】…史記
(訳…【桃李不言、下自成蹊】桃やスモモは何も言わないけれども、その美しい花や実に惹かれて多くの人が集まって来るので、木の下には自然と道が出来る。徳の高い人の下には自然と人が集まってくる)
~ 【徳】を備えた人間的魅力ある人は、自ら求めなくとも、人々は自然と
その【徳】を慕い寄って来る。と、この後に……
【この言小なりと雖も、以って大を諭すべし】(この言葉は小さいが、大きなことに喩えることができる)と続いています。 この、桃や李は、勿論何も言わないけれども、その意義は決して小さなことではない、と言う事を悟るべきである。といっております。これは、前漢(B.C202年)の名将・【李広】という人は、大変口下手で無骨な人柄でしたが、徳のある素晴らしい人物で、その誠実さによって、臣下に慕われた喩えとされ、知られるようになりました。【李】は【李広】将軍の【李】を指しています。また、成蹊大学の【成蹊】(こみちをなす)もここが出典です。
論語学而第一に【巧言令色、鮮なし仁】(きれい事を並べ、ゴマをするような言葉遣いや、作り笑いなど、必要以上の容貌を作る人は、あまり信用されない)とあり、むしろ、【剛毅朴訥、仁に近し】(気性が強く、しっかりしていて、飾り気がなく、無口な人は仁そのものではないが、仁に近いものである)と、前の言葉と対句の言葉になって、誠実という【徳】の大切さを言っております。~