伝習会 第122回
伝習会
〈 第百二十二回 〉
【巧詐は拙誠に如かず】……韓非子
(訳…【巧詐】は、嘘をついたり、ペテンにかけたりして、言葉巧みに人を騙すこと。
【拙誠】は、つたない、まずい、へたであるが、自分の良心を偽らず、誠を
持って誠実に人に対応し、欺かないこと。巧詐は拙誠には及ばない)
~ 韓非子は、人間の本性は悪であるという【性悪説】を説いた人です。
其の韓非子が、【巧詐】より【拙誠】が良いと言った言葉です。この二つをエピソードにして紹介しています。その一つは、魏の文侯の命を受けた、楽羊将軍が、自分の息子のいる「中山」という国を攻めた時、「中山」側は、若し、攻めて来たらお前の息子を殺すといって、揺さぶりをかけてきたが、楽羊将軍は全く意にかえさず攻めました。当然、息子は殺されました。しかも息子は煮殺されたのです。その上、将軍は送られてきた息子のスープを飲み干し、一気に「中山」を滅ぼしました。文侯は楽羊を大層誉めましたが、やがて「我子の肉まで食う男、どんな相手の肉だって食うに違いない」と疑惑を深め、信頼を失って逆効果になった例です。
これこそ、【巧詐】の典型だと言っております。次に【拙誠】の例です。魯の国の猛孫
という重臣が、狩りで小鹿を捕まえて、それを、秦西巴という部下に持って帰らせま
した。すると、母鹿が悲しげに鳴きながら、後から追ってきました。秦西巴は可愛そ
うに思って、小鹿を放してやりました。それを聞いた猛孫は激怒し、彼を追放しまし
た。しかし、三ヵ月後、秦西巴を呼びもどして、わが子の守り役に取り立てました。
側近が不審に思い問うたところ、猛孫は、「小鹿にさえ情けをかけた男だ。きっと我が
子にも情を掛けてくれようぞ」と話しました。其の後に、……
【故に曰く、巧詐は拙誠に如かず。楽羊は功あるを以って疑われ、秦西巴は罪あるを
以ってますます信ずらる】と、韓非子は【巧詐】より【拙誠】がいいと、【誠】は社
会人として重要だと語っています。では、【誠】を身に付けるにはどうすれば良いか。
ある時、弟子が司馬光に向かって、【一言で生涯実践するに足るような言葉といったも
のが、なにか御座いますでしょうか。】と尋ねたところ、司馬光は、【それは誠であろ
うな】とこたえた。更に、【では、誠を実践するには、どういうことから始めたらよいのでしょ
うか】と尋ねると、【妄語せざるより入れ】と答えました。口からでまかせを言うな、とそれが【信】約束を守ることで、【誠】の出発点だといっています。
現代は、まさに、この【巧詐】が充満しているように思われますが、如何でしょうか。~