伝習会 第22回
伝習会
〈 第二十二回 〉
【年、五十にして、四十九年の非を知る】……淮南子
(訳…五十歳になって、過去四十九年間の自分の生き方が間違っていたことを知った)
~ これは、春秋時代(B.C500年頃)、衛の大夫であった【蘧伯玉】に
ついて語った言葉です。孔子が大変尊敬した人物で、彼は常に今までの生
き方を否定しながら、自分を磨き、向上させることを怠らなかったと言わ
れていました。
論語の中で、孔子は『君子なるかな蘧伯玉は、邦に道あらば則ち仕え、
邦に道なければ則ち巻きて懐にすべし』(君子だね、蘧伯玉は。邦が良く治
まっている時は邦に仕え、邦に道なき時は才能を包んで隠しておける)と、絶賛し
ております。兎に角、【蘧伯玉】という人は、五十歳になった時、自分の四十九年間の過去を全て否定して、そこで挫けず、また、気持ちを切り替えて一から出発しようという、常に自らの向上を心がけた強い信念の人だったのです。
【蘧伯玉】については荘子(書名は「荘子」)も【蘧伯玉、行年、六十にして六十化す】と。【蘧伯玉】は六十になったら、また、過去五十九年の至らなさを悟り、さらに自分を磨き、六十歳になった時には六十歳になっただけの変化をし六十歳に相応しい人間になった。と言っております。
私も、早や六十七歳(H.21年)を迎え、今、自分の人生をこの荘子の
言葉に照らして振り返ってみますと、なんと無駄な時間を過ごしてきたこ
とかと、今更ながらではありますが後悔の念にかられます。(後悔先に立たず、でありますが) 遅まきながら、私も【七十にして七十化す】ように七十歳(H24年)になったら、孔子が言われる、【従心】(70歳の別称)の歳に少しでも相応しい人間になれるよう、強く心に期し努力をして参りたいと思っております。~