伝習会 第73回
伝習会
〈 第七十三回 〉
【初心忘るべからず】(【初心不可忘】)…世阿弥(能役者)『花鏡』の奥の段
(訳…何事も最初の頃の謙虚に学ぼうとする真剣な気持ちを忘れてはならない。また、
最初の決意を忘れてはならない)
~ 世阿弥は、【初心】には三つあると言っています……
(1)【是非の初心を忘るべからず】(修行を始めた頃の初心の芸をしっかりと記憶に止めておくこと)
(2)【時々の初心を忘るべからず】(これが一番大切です。20代、…60代にも初心がある。)
(3)【老後の初心を忘るべからず】(円熟の域に達した者が、更なる芸の磨きを探す境地をいう)
この三つの【初心】の(1)は、最初は若い時の初心、次の(2)は、生涯にわたって初心が有り、最後の(3)は、老後の初心である、と。【初心】とは、未熟で失敗した経験のことであって、若い時の未熟故の失敗を忘れず糧として、自らを戒めなさい。試練や失敗の無い人は大成しない、と言っております。転じて上記の意味となります。
人間は兎角この【初心】を忘れがちになります。中国4000年の歴史の中で、名君と言われた唐の太宗は常に初心を忘れないように臣下の諫言に耳を傾けていました。
古典を勉強していた臣下の魏徴(第四十二回参照)が、諫言したものを上げてみましょう。
(1)【千丈の堤も螻蟻の穴を以って潰ゆ】(千丈もある高い堤防も、ケラやアリの小さな穴が原因で決壊するものだ)(韓非子)
(2)【知ることの難きに非ず、行なうこと惟れ難し。行なうことの難きに非ず、終うること惟れ難し】(知ることは難しくない、実行することが難しい。実行することはまだ易しい、最後までやり通すことが難しい)(書経)
(3)【終わりを慎むこと始めの于くせよ】(書経・最初の緊張感を最後まで持続せよ)
(4)【珍奇を域外に市う】(珍しい物を求めたがる)
(5)【傲りは長ずべからず、欲は縦にすべからず、楽しみは極むべからず、 志は満たすべからず】(傲慢な態度、おごり心を増長してはいけない、欲望を欲しいままに求めてはいけない、快楽は限りが無いので、果てるまで尽くすべきではない、欲望も 限りが無いので完全に満足のいくまで求めてはいけない)(礼記)
太宗ほどの名君でも時が経つにつれて、気持が緩み、心に隙が生じるのですから、我々凡人は一層心を引き締め、緊張感を持って、歩みなさいと戒めているのではないでしょうか~